蜂谷あす美
RAILROAD COLUM vol.09
旅の文筆家、蜂谷あす美が時刻表を携え、日本全国を鉄道でめぐる一人旅。
日光と南会津を結ぶ野岩鉄道。
気持ちの赴くままに始まった、旅の記憶をお届けします。
トンネルと橋を抜ける車窓
仕事に追われ半ば引きこもり、周囲の人たちがお出掛けする様子をSNSなどで眺め、嫉妬のかたまりと化していた2021年9月末、「もうだめだ!」と逃げるように1泊2日の旅に出かけることにした。ただし、この時点で目的地は決まっていない。
当初は、関東信越や南東北のJR、三セクなどが2日間乗り放題になるお得なきっぷ「週末パス」の利用を念頭に置いていたものの、路線図を眺めるうちに、きっぷの対象外である「野岩鉄道」が気になり出した。
野岩鉄道とは、新藤原駅(栃木県日光市)~会津高原尾瀬口駅(福島県南会津町)を結ぶ路線で、日光・鬼怒川エリアの東武鉄道、会津エリアの会津鉄道の両者を結んでいる。同じように栃木~福島を走る東北本線や東北新幹線から見ると、裏道ともいえる存在だ。県境の急峻な山間部を川に沿って走ることから、トンネルと橋梁が交互に続く。また、沿線には小規模ながらも温泉地が点在し、「ほっとスパ・ライン」の愛称が付されている。
気持ちの赴くまま、インターネットで宿を検索、1泊2食で1万円未満の旅館を見つけ、電話予約も無事に完了した。出発2日前のこと。
当日は、浅草駅から東武線を乗り継ぎ、野岩鉄道の起点駅、新藤原へ。普通列車で、途中駅の湯西川温泉駅へと向かった。湯西川温泉駅は上越線の湯檜曽駅、土合駅(ともに群馬県みなかみ町)同様にトンネル内にホームが位置し、ひんやりとした空気が漂っているものの、ひとたび地上に出れば、そこは異世界。駅舎に道の駅が併設され、大いに賑わっていた。
駅から路線バスに揺られることおよそ30分、山奥に位置する湯西川温泉に至る。中心部を流れる清らかな湯西川では、釣り人たちの姿も見られ、穏やかな時間が流れていた。
今宵のお宿は「歓迎 蜂谷様」を掲げた川べりの旅館。案内された和室は、風呂もトイレもなく、あるのは内鍵だけ。
「小さい宿ですから、何かあったら大声出してもらえば駆けつけますよ」と宿の方。一方で風呂もシャワーもすべて源泉かけ流しなうえに、夕食はヤマメや山菜といった山のごちそうがずらっと並ぶ箱膳タイプの部屋食で、「鄙びた温泉宿」の理想がすべて詰まっていた。小ぶりながらも川に面した混浴露天風呂は貸切状態で、夜空を一人のんびり仰ぎ、月光浴を満喫。再訪の予感を抱いた。
超お手頃な「お座トロ展望列車」
2日目は、ルートこそ決めていたものの、どの時刻の列車で移動するかは未定だった。そこで一計を案じ、とあるところに電話を一本。安堵できるお返事をいただいたうえで湯西川温泉駅から野岩鉄道で北上、乗り入れ先である会津鉄道の会津田島駅で下車した。
ここからは会津鉄道を走る「お座トロ展望列車」に乗り換える。「お座トロ展望列車」は「お座敷席」「トロッコ席」「展望席」で構成される観光列車で、現在は、ウェブでの座席予約も可能だが、2021年時点では、原則的に会津鉄道の駅でしかきっぷが購入できなかった。先の電話は会津田島駅に宛てたもので「今から行っても空席ありそうでしょうか?」と照会を行っていたのだ。ちなみに観光列車といいながら、指定券は400円と超お手頃価格だ。もっぱら普通列車の利用が多い身なので、久しぶりに乗る観光列車に浮足立ち、「せっかくなら」と列車最前部の展望席を確保。大川沿いに展開される山々の景色を眺めているうちに、終点の会津若松に到着した。
すでに大団円を迎えかけているものの、家に帰るまでが旅だ。JR磐越西線で郡山駅に出て、郡山の激甘ご当地グルメ「クリームボックス」および「酪王カフェオレ」を片手に東北新幹線に乗り、帰路についた。最後までグルメもお楽しみも諦めたくない。
己の抑えきれない衝動から始まった旅も、振り返ってみれば、自分の好きなものがてんこ盛りで、人に自慢したくなるほど大成功のうちに終わった。一人旅の魅力はいくつもあるけれど、その神髄は「私が私を満足させるためだけの旅」に仕立て上げられる点にあると、あらためて確信した。
(文・写真 蜂谷あす美)