蜂谷あす美
RAILROAD COLUM vol.08
旅の文筆家、蜂谷あす美が時刻表を携え、日本全国を鉄道でめぐる一人旅。
瀬戸内海を望む赤穂線で出逢った日生駅。
きらめく車窓から始まった、旅の記憶をお届けします。
きらめく瀬戸内海、日生駅
2011年8月のこと。私は赤穂線の列車で岡山駅を目指していた。赤穂線は相生駅(兵庫県相生市)と岡山駅を瀬戸内海に沿って結ぶ路線で、沿線には赤穂浪士でおなじみ、播州赤穂駅も位置する。
このときは乗りつぶしを目的とした旅の途中であり、全国のJR普通列車が5日間乗り放題になる「青春18きっぷ」を利用していた。ちなみに名前に「青春18」とあるものの、年齢を問わず誰でも使うことができる。
乗りつぶし旅は、一般の旅行とは大きくかけ離れており、何よりも重視するのは、どれだけ効率よくたくさんの路線に乗車できるか。観光やグルメといったお楽しみ要素は考慮されていない。おはようからおやすみまで、ひたすら列車に揺られ続けることも多く、人から「それって楽しいのか?」と聞かれることも少なくない。
前述のとおり、赤穂線は瀬戸内海沿いを走るものの、実際の景色は田んぼばかりが続き、早起きも手伝って眠りかけていた。ところが途中の寒河(そうご)駅を過ぎたあたりから大きく場面転換し、左手の景色が突如開け、柔らかな瀬戸内海が姿を見せた。吸い寄せられるよう眺めているうちに、列車は速度を落とし、日生(ひなせ)駅に到着。築堤に設けられたホームからは小さな港と「小豆島」を行先に掲げたフェリーが見えた。ミニチュアのごとく、コンパクトにまとめられた海の景色に心を奪われた。
「海の日」の恒例日生通い
2012年の海の日、私は日生駅に降り立っていた。1年前の旅の感触が忘れられなかったのだ。あのあと、日生からは小豆島行のフェリー以外にも、瀬戸内海に浮かぶ日生諸島をめぐるフェリーが就航していることを突き止めていた。鉄ちゃんは鉄道に限らず公共交通全般をたしなみがちで、私もその例に漏れない。
そこで「フェリーに乗ること」を口実に再訪したのだ。この時は、日生諸島で最も人口の多い頭島の民宿に滞在し、シャコをはじめとした豊かな海産物を満喫した。
続く2013年の海の日、私は再び日生駅に降り立っていた。前年に訪れた際、カキのお好み焼き「カキオコ」がこの地の名物だと知り、何が何でも食べたいと思っていたのだ。「事前に調べてから行かないのか?」と突っ込まれそうだが、鉄ちゃんには、予備知識0でその土地を訪れる人も多い。訪ねた先で仕入れた情報は、再訪の口実へと昇華される。この時は、駅近くのお好み焼き屋に向かった。
眼前の鉄板で焼かれたお好み焼きには、カキがぎゅうぎゅう詰めになっていて、一口いただけば、海のミルキーな喜びが体全体に広がった。食後は前年に続き、フェリーで頭島へと向かう行程をたどった。海上のところどころに浮かぶ黒い塊がカキの「養殖いかだ」であると気付いたのは、カキオコを食べたことによる。
さらに2015年7月の海の日、やはり私は日生駅に降り立っていた。2年の間が空いたうちに、本土側である日生と、日生諸島を結ぶ大きな橋が完成し、陸路で頭島へたどり着けるようになっていた。そこで、カキオコで腹ごしらえをしたのち、往路はタクシーで民宿へと向かった。ただし復路は、橋開通後も就航しているフェリーに乗船した。訪問の口実は「新しい交通手段を利用したい」だった。
ここまで来ると口実はなくとも年中行事「海の日=日生に行く日」が頭のなかで完成してしまう。以降は「海の日」の日生通い、およびカキオコ、フェリー、頭島の3点セットを忠実に実践し続けている。日生~頭島の間には新たにバス路線ができたことから、移動の組み合わせパターンが増えた。
初めて赤穂線に乗った2011年8月、天気は快晴だった。毎年の日生訪問は、寝ぼけ眼の向こうに見た、きらめく車窓からすべて始まっている。旅の動機はどこに隠されているかわからないし、同じ場所を同じ季節に訪問しても、そのたびごとに新たな体験と発見ができると信じている。本誌が皆さまのお手元に届くころ、私は「日生旅2023年バージョン」の予定を立てていることだろう。
(文・写真 蜂谷あす美)