今日もひとり鉄道旅

蜂谷あす美

RAILROAD COLUM vol.07



旅の文筆家、蜂谷あす美が時刻表を携え、日本全国を鉄道でめぐる一人旅。

静かな無人駅から始める芸備線~木次線の旅、

ヤマタノオロチ伝説が残る地の絶景とは。


木次線の列車
木次線の列車

新津と似ている駅

 

 全国には「鉄道の街」「交通の要衝」として名をとどろかせた街がいくつもあった。新潟県内でいえば新津が有名で、国鉄時代は大勢の職員が働くSLの機関区が置かれ、地域の活気にもつながっていた。

 2022年5月、私は広島県庄原市の備後落合駅にて下車した。島根、鳥取、岡山の県境近くに位置する静かな無人駅だ。新津同様、かつては機関区が設置され、駅前に旅館や商店も並んでいたそうだが、今となっては、ちょっと広めの構内にその面影を残すだけである。広島県~岡山県の中国山地を走る芸備線の途中駅であり、広島県側からの列車も、岡山県側からの列車も、すべて当駅止まりで折り返していく。加えて島根県の日本海側まで続く木次線の起点駅でもあることから、三叉路としての役割を担っている。羽越本線と信越本線、それに磐越西線が交わる新津と、やはりこの点でも似ているけれど、備後落合駅を発着する芸備線と木次線は、それぞれ3~5本しかなく、うまく列車が接続する、つまり乗り換えできる機会は1日3回程度。訪問難易度は高い。また、せっかく下車しても、足早に次の列車へと移動していってしまうことから、しみじみと駅を眺める機会は少ない。

備後落合駅に到着した芸備線の列車
備後落合駅に到着した芸備線の列車
備後落合駅
備後落合駅
備後落合駅には転車台などが今も残る
備後落合駅には転車台などが今も残る
備後落合駅の顔はめ
備後落合駅の顔はめ

芸備線を愛するおじさんとの出会い

 

 この日は広島県方面からの芸備線で訪れ、木次線への乗換を予定していた。珍しく1時間ほど余裕があり、駅舎の撮影などに勤しんでいたところ、ボランティアガイドのおじさんがひょっこりと現れた。地元で生まれ育ち、そのまま国鉄に入職したというおじさんは、旅行者である私に駅の歴史を説明、さらに作成中だという鉄道ジオラマを見せてくださった。現在、芸備線でも備後落合の位置する区間は利用者が非常に少なく、「路線廃止」の可能性も視野に入れた検討が進んでいる。往時のにぎわいを知り尽くしているおじさんだからこそ、きっと廃止には否定的であるに違いない。ところが私の推測とは裏腹に「芸備線の終焉を見届けるまでは死ねない」と一言。備後落合駅や芸備線は、ご本人の人生と等式の関係なのだろう。

木次線の車内
木次線の車内
往時の備後落合駅を再現したジオラマ
往時の備後落合駅を再現したジオラマ

まるで体験型アトラクション⁉

 

 駅とおじさんに別れを告げたあとは、予定通り木次線に乗車した。木次線は小さなディーゼル車の走るローカル線だが、お楽しみポイントは多い。最初に登場するのは「絶景」で、105mの高低差を一気にかけ上がるために設けられた国道のループ線「奥出雲おろちループ」の全貌が列車の窓からしっかりと見える。ちなみに「おろち」は、このあたりがヤマタノオロチ伝説で知られる神話の地であることに由来する。一方、急な坂道を苦手とする列車が、この高低差をどのように克服するかというと、ジグザグに線路を敷き、そこを行ったり来たりしながら少しずつ高度を上げていく「スイッチバック」を採用している。数十メートル進んだかと思えば反対方向へ、さらにまた前にといった具合で、体験型アトラクションのようなおもしろさがある。もっとも運転士さんは車端部の運転台を何度も往復する羽目になるので、大変そうだ。

スイッチバック(右側の線路からやってきて、折り返して左の線路を進む)
スイッチバック(右側の線路からやってきて、折り返して左の線路を進む)
おろちループ
おろちループ

木次線では人気の観光列車「奥出雲おろち号」も運行している(2023 年度で運行終了)
木次線では人気の観光列車「奥出雲おろち号」も運行している(2023 年度で運行終了)

 また、沿線には小説「砂の器」の舞台として有名な亀嵩駅も位置している。現在は、駅舎にお蕎麦屋さんが入っており、事前に電話予約をすると、なんと列車までお弁当タイプの蕎麦を届けてくれる。わずかな停車時間の間に、弁当と料金を受け渡すしくみだ。さらに、途中の乗換駅である木次駅には、濃厚な風味が人気の「木次牛乳」の製造元があり、駅すぐのスーパーでは、簡単に購入が可能。下車時のグルメにも事欠かない。

 こんなふうに神話の地であり、魅力あふれる木次線だが、利用者が少なく、決して楽観視できない状況が続いている。「いつか行こう」と思っても、その「いつか」は永遠に訪れない可能性もあることから、私はなるべく「思い立ったらすぐ出かける」を実践するようにしている。

 ちょうど旅行向きの春。皆さまも、ぜひ「いつか行こう」を叶える旅へ!

 

(文・写真 蜂谷あす美)

木次線グルメ、木次牛乳
木次線グルメ、木次牛乳
亀嵩のそば弁当(2013年)
亀嵩のそば弁当(2013年)
砂の器の舞台、亀嵩駅
砂の器の舞台、亀嵩駅

木次駅
木次駅
備後落合駅外観
備後落合駅外観
木次線の終着駅、宍道駅
木次線の終着駅、宍道駅