今日もひとり鉄道旅

蜂谷あす美

RAILROAD COLUM vol.04



旅の文筆家、蜂谷あす美が時刻表を携え、日本全国を鉄道でめぐる一人旅。

東北の人気路線、五能線を訪ねた思い出をお届けします。

ローカル線の車掌が繋いだご縁でたどり着いた場所とは


五能線 深浦駅 ※現在、五能線は新車両に入れ替わっています。
五能線 深浦駅 ※現在、五能線は新車両に入れ替わっています。

五能線の旅

 

 2015年のこと。私は五能線の普通列車に乗っていた。五能線とは、日本海に沿って青森県の川部駅と秋田県の東能代駅を結ぶ全長147.2キロのローカル線。沿線には白神山地や岩木山など、超有名観光エリアがいくつも存在し、「一度は乗りたい路線」として名高い。ただし、この日は平日だったことから、2両編成の車内に乗客は私だけ。

向かい合わせのボックス席に座り、延々と続く日本海の絶景を眺めていた。

「お客さんどこから来たの」

車掌からふいに声をかけられた。明らかに遠方から来たとみられる旅装で列車に乗り込む女は、見方によっては大いに不審だ。

「東京からです」

神奈川県在住のくせに、話のややこしさを防ぐために偽証をしてしまった。旅の目的を問われ、「五能線に乗るためです」と答えたところ、そのまま会話が盛り上がり、沿線案内のパンフレットをいただいたり、景色のよいところで記念写真を撮ってもらったりした。

「艫作(へなし)で降りて、近くの不老ふ死温泉に行かれてはどうか」

さしたる目的もなく、列車に乗り続ける女に対して、車掌は旅のプランを提案した。

「不老ふ死温泉」とは、日本海に突き出た部分に露天風呂が設けられた温泉で、難読駅名「艫作」はその最寄り駅にあたる。

 なるほど、それはいいかもしれない。

艫作は何時着か。行程をどう変更しようか。時刻表を繰り始めたところで列車は駅に停車し、おばちゃんを一人乗せた。きっと常連なんだろう。車掌は「おかあさん、今日はどこまで」と尋ねていた。

「へなし」確かにそう聞こえた。しかも目的地は不老ふ死温泉だった。

「おかあさん、あそこのお客さん東京から来たんだって。連れて行ってあげてよ」

車掌が間を取り持ってくれたおかげで、2人仲良く艫作下車となった。駅から温泉までの道のりはおよそ1キロ。おばちゃんのリュックは、「あ、お持ちしますよ」と私が抱えた。

 背中の曲がったおばちゃんの足取りは軽く、「お姉さんはうんぬん」「奥さんはうんぬん」と道中ずっと話しかけてくれた。私はお姉さんになったり、奥さんになったりしながら、「そうですね」あるいは「はい」と答えていた。地元の言葉が強く、話の内容はわからなかった。

延々と続く日本海
延々と続く日本海
遠くに見える岩木山
遠くに見える岩木山
艫作(へなし)駅
艫作(へなし)駅

 やがて温泉に到着し、私が受付でもたついているうちに、おばちゃんはいなくなっていた。海にせり出した混浴露天風呂は、他に客もおらず、貸し切り状態だった。赤褐色の湯に浸かりながら、目の前に大パノラマで広がる日本海を全身で堪能した。

日本海にせり出した露天風呂が魅力の不老ふ死温泉
日本海にせり出した露天風呂が魅力の不老ふ死温泉
奇岩に囲まれた行合崎海岸沿いを列車は走行していく
奇岩に囲まれた行合崎海岸沿いを列車は走行していく

乗って楽しい「リゾートしらかみ」

 

 鉄道旅行は、あらかじめ組んだ行程に従って進むことが多い。縦横無尽に出かけ、自由を謳歌しているつもりでも、ダイヤという大きな制約があって、実態は不自由だ。ただ、そんな旅だからこそ、不意打ちのように生じた出来事がいつまでも鮮やかな印象を放ち続ける。

 この時の旅も、五能線の車窓を楽しむことを目的としていたはずなのに、今なお思い出として強く残っているのは、よそ者である私の同行を快諾(?)してくれたおばちゃん、そして仲介してくれた車掌とのやりとりだ。

 ちなみに五能線では、普通列車だけでなく、多彩な座席と展望スペースが魅力の観光列車「リゾートしらかみ」も通年で運行している。車内の販売スペースではコーヒーやスイーツ、それに地酒を始めるとする沿線特産品が楽しめるほか、岩畳が広がる千畳敷海岸の最寄り駅では、少し長めの停車時間を設けているので、プチ観光に繰り出せる。

 おもてなしが詰まった「リゾートしらかみ」も実は結構大好きで、五能線に赴く際は、普通列車に乗るか、はたまたこの観光列車を利用するか、ダイヤ制約下でいつも悩んでいる。

 

(文・写真 蜂谷あす美)

絶景が楽しめるフリースペース
絶景が楽しめるフリースペース
ブナ製の照明が特徴のボックス席
ブナ製の照明が特徴のボックス席
「ORAHOカウンター」ではコーヒー、スイーツなどを販売
「ORAHOカウンター」ではコーヒー、スイーツなどを販売

2016年にリニューアルした車両『橅』。
2016年にリニューアルした車両『橅』。