蜂谷あす美
RAILROAD COLUM vol.16
旅の文筆家、蜂谷あす美が時刻表を携え、日本全国を鉄道でめぐる一人旅。
鉄道ファンに親しまれている「土合駅」。
全国一地下にある「もぐら駅」への旅をお届けします。
『谷川岳もぐら』で土合駅に行きませんか
鉄道趣味の知人に誘われたのは2024年夏のこと。
土合駅とは上越線の駅で、新潟側から見ると新潟と群馬の県境を過ぎて一つ目に位置している。
そしてこの土合駅に長時間停車する臨時特急の名称を「谷川岳もぐら」という。
土合駅には一体何があるというのか。
9月8日、わたしたちは臨時特急の始発駅である大宮駅に集合した。
特急列車は8割方埋まっており、見る限り趣味のお仲間といった雰囲気の人ばかり。
10時37分に大宮駅を出た列車は、熊谷、高崎と停車。
やがて車窓左手に大きく利根川を見せながら、高度を上げ、水上駅を通過。
そして、全長13.5キロメートルの新清水トンネルに入り、ほどなくして湯檜曽駅に至った。
なお、この時点でまだトンネルを抜けていない。
闇の中を列車は進み、12時41分、土合駅に到着した。発車までは30分の余裕がある。
ほぼ県境の無人駅だが、地下70メートルの新清水トンネル内に位置し、それがために地上の駅舎までには462段の階段を登らなくてはいけないという、全国でも唯一の特徴を持つ。
こうした構造のため、鉄道ファンの間では「日本一のもぐら駅」として
親しまれている。
「谷川岳もぐら」は、「もぐら感」を楽しむのを目的に運行されている列車なのだ。
果てしなく続く階段の先に
9月初旬の暑い盛りだったものの、薄暗いホームはひんやりとしていた。
目の前には地上へと続く階段が伸び、ゴールは見えない。
わたしと知人は黙々と階段を上り始めた。
途中、後ろを振り返りつつ、写真を撮りつつ進み、山小屋ふうの駅舎にたどり着いたのはおよそ15分後。
山の風が抜けるさわやかな駅前広場で、汗だくになっていた。
来た道を戻らなければならない。
発車までの残り時間は10分ちょっと。
無言で階段を下り、再び特急列車の乗客となった。
これにて本日の目的は達成。新清水トンネルを抜け、新潟側に突入した列車は土樽、越後中里を通過、13時38分に終点の越後湯沢駅に到着。
駅前でへぎそばをいただき、階段乗降の苦労をねぎらった。
唯一無二の変わった駅
川端康成の小説「雪国」は、「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。
夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった」という特徴的な書き出しで始まる。
作品の舞台は越後湯沢、そして「信号所」は現在の土樽駅とされている。ならば「谷川岳もぐら」の乗客は、「雪国」の主人公の追体験をしているということなのか。
実は、小説に登場する「長いトンネル」とは、「清水トンネル」を指す。
この区間はもともと単線であったところ、1967年になって、もぐら駅を擁する「新清水トンネル」が開通。
新潟側から群馬側へ向かう列車(上り)は従来の「清水トンネル」を、そして群馬側から新潟側に向かう列車(下り)は、「新清水トンネル」を走るようになった。
つまり小説世界には、地底の土合駅は存在していないのだ。
また、土合駅は上りと下りの駅が少し離れて設置されているうえに、上りホームは地上にある。
鉄道ファンにとっては、土合駅は唯一無二の変わった駅という認識だが、登山趣味の方にとっては、谷川岳登山の玄関口としての役割を果たしている。
なお本稿で土合駅に興味を持たれた方に一つだけご注意。
この区間を走る列車は本数が極めて少ない。事前にダイヤを確認いただくか、臨時特急「谷川岳もぐら」の利用がお勧めだ。
(文・写真 蜂谷あす美)
蜂谷あす美(はちやあすみ)
鉄道と旅を中心としたエッセイや紀行文などを執筆。
2015年1月にJR全線完乗。
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