蜂谷あす美
RAILROAD COLUM vol.18
旅の文筆家、蜂谷あす美が時刻表を携え、日本全国を鉄道でめぐる一人旅。
ルポ取材で誘われ徳島から阿波池田へ。
ノスタルジックな街並みの吉野川沿線の旅をお届けします。

国内唯一の有人改札
2025年の冬と春の境目に、旅行誌編集部から徳島線のルポ取材に誘われた。徳島線は、徳島県内の徳島~阿波池田を結ぶ74キロの路線。「よしのがわブルーライン」という愛称が付されており、吉野川が車窓の主役となる路線だ。
旅の始まりは、徳島駅の有人改札での入鋏。今となっては、国内で唯一の「自動改札が導入されていない主要駅」である。改札を抜けると、真正面の2番乗り場に「穴吹」行きの列車が待って
いた。
クロスシートの列車が重厚なディーゼル音を響かせながら発車する。窓枠の形に日が注ぎこむ日曜の午前、高架線の左手には、徳島市のシンボル的存在「眉山」の大パノラマがゆっくりと続く。平野部には大根畑が広がり、淡い緑が景色に溶け込んでいた。



三方向の商店街、鴨島
ふだんの個人的な旅であれば、路線の端から端まで乗り通してしまうところだが、今回は取材が目的。そのため途中駅での下車も楽しんでいきたい。最初に降り立ったのは、鴨島という駅。
駅舎を抜けて振り返ると、マンサード型の庇に「鴨島駅」の文字とともに放射状のデザインが施され、目を引く。
真正面に伸びる「駅前通り」のアーケードをぷらぷらと歩き、定食屋へ。一番人気の「ソースカツ丼」を注文したところ、特製のデミグラスソースがたっぷりかかったゴージャス仕様で大正解だった。食後は、喫茶店「じゃんけん」へ。半世紀以上にわたりお店を営むご夫妻によると、鴨島はかつて「蚕都」と呼ばれるほど製糸業で栄えた町で、当時は女工さんたちもコーヒーを飲みに来たという。
通りにぽつねんと置かれた赤い鳥居に目が留まる。恐る恐る侵入してみると、ぽっかりと開けた空間が広がっていた。営業をやめて久しいスナックや和風スタンドが軒を連ねるこのエリアは「稲荷通り」といい、およそ40年もの間、手つかずのまま残されているそうだ。
鴨島から穴吹行き普通列車に乗り込み、差し込む陽光を眺めているうちに、横付けするように吉野川が近づいてきた。




吉野川の文化
列車の終点である穴吹の駅舎を抜け、タクシーで吉野川を渡る。道を曲がった先で、急に町が広がった。ここは脇町といい、江戸時代から明治時代にかけて、阿波藍の集散地として発展し、吉野川の水運を利用した商いが行われた、徳島県西部の中心地として栄えた地。今も、うだつの家々が並ぶ古い町並みが途切れなく続いている。うだつとは、屋根に設けられた防火壁のこと。
かつては富裕な商家の象徴でもあった。
この脇町において、昭和以降の歴史の生き証人といえるのが「オデオン座」だ。昭和
9年に創建された芝居小屋で、取り壊しが決まっていたところ、山田洋次監督の映画『虹をつかむ男』のロケ地として採用され、存続が決定した。
穴吹駅に戻り、駅前の老舗和菓子店「日乃出本店」へ立ち寄る。看板商品は「ぶどう饅頭」。武道信仰の象徴である霊峰剣山に修行に来られる参拝者への土産として考案されたもので、「武道」と、丸く紫がかった「ブドウ」の形状から名付けられたそうだ。




夕暮れの徳島線を阿波池田へ
夕景が近づくなか、旅の最終目的地、阿波池田行きの列車に乗車した。右手に広がる吉野川は、鉄砲水を防ぐために植えられた竹林が続いている。延々と続く吉野川の景色も、沿線を訪ね歩いたことで、ただの「美しい風景」から、地域に深く結びついた存在へと昇華されていく。
最後に左にカーブしながら、終点の阿波池田に到着。徳島線が見せるのは、吉野川の美しい景色にとどまらない。そこに暮らす人々と触れ合い、歴史と文化の積み重ねを知り、路線としての魅力を目いっぱい味わえる旅となった。
(文・写真 蜂谷あす美)


蜂谷あす美(はちやあすみ)
鉄道と旅を中心としたエッセイや紀行文などを執筆。
2015年1月にJR全線完乗。
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