今日もひとり鉄道旅

蜂谷あす美

RAILROAD COLUM vol.06



旅の文筆家、蜂谷あす美が時刻表を携え、日本全国を鉄道でめぐる一人旅。

熊本電鉄、肥薩おれんじ鉄道に乗るため、冬の熊本・鹿児島へ。

九州で出会った「くま」との思い出をお届けします。


くまモンラッピング列車(熊本電鉄)
くまモンラッピング列車(熊本電鉄)

テーマは「くま」~冬の熊本・鹿児島めぐり~

 

 雨か雪、よくて曇り―。これが冬の天気のすべてと信じて育ったのだが、上京して関東に住み、国内あちこちを巡るようになってから、「ただし日本海側に限る」の注釈が付されるものだと気づいた。一方で冬は、天気の見通しが立ちやすいので、気温の低ささえ乗り越えられれば、旅行に向いている季節と思っている。ただし日本海側を除く。 

 2泊3日で熊本、九州を旅したのは2016年12月末のことだった。目的地に九州を選んだのは、同年春に発生した熊本地震を受けて「ふっこう割」のキャンペーンが適用されていたからだ。今でこそ全国旅行割などが注目されているが、実はこうした旅行代金の割引施策は、局所的に長らく行われている。

くまモンラッピング列車(熊本電鉄)車内
くまモンラッピング列車(熊本電鉄)車内
車内に佇むくまモンのオブジェ
車内に佇むくまモンのオブジェ

熊本の「くま」と言えば

 

 空路で熊本に向かった初日は鉄道趣味活動として、熊本市内を中心に運行している私鉄、熊本電鉄を乗り潰しに向かい、さっそく熊本の洗礼と歓待を受けた。同線では、かつて東京の地下鉄で走っていた車両が運行についている。地下鉄時代は、よくいえばスタイリッシュ、率直にいって味気ないビジュアルの列車だったはずなのに、正面も側面も熊本県のPRキャラクター「くまモン」にまみれた「くまモンラッピング列車」として、すっかり熊本になじんでいた。地元の人たちが普通に利用しているなか、嬉々として車両をカメラに収めた。

 この日は、熊本と鹿児島を結ぶ第三セクター、肥薩おれんじ鉄道で南下、沿線の日奈久温泉に投宿した。ちくわが名物のしっとりとした温泉街だ。

 翌朝、鹿児島方面に向かう、肥薩おれんじ鉄道の普通列車に乗り込めば、ロングシートの部分に、何やら黒くて大きなものが確認できた。くまモンの等身大(?)オブジェが着席していたのだ。列車からは、不知火海として有名な八代海と天草湾が織りなす穏やかな景色が見えた。ご丁寧にも動かないようにバンドで固定され、あのおなじみの笑顔をたたえたくまとともに、夏と見まがうほどに青々とした車窓を眺めて過ごした。

 おれんじ鉄道は水俣で下車し、路線バスで水俣病資料館の見学へ。迎えのバスまで余裕があったことから、1キロほど離れた「道のえき みなまた」まで散歩がてら移動したところ、そこにはビニールハウスが設置されていた。暖かい地域だし、何か果物でも栽培しているのだろうかと覗き込めば、果たしてそこは、地元の海で育てた「恋路かき」が食べられる牡蠣小屋だった。食べたい、しかしバスの時刻は20分後に迫っている……両者の間で私の食欲は揺れ動き、結果的にバスを1本遅らせることによって朗らかな焼き牡蠣タイムを堪能した。個人旅行は自分の欲望に忠実になりがちだ。バスを遅らせたことで列車も自ずと1本遅らせることになり、東シナ海の水平線がオレンジ色に染まる頃、車内には、満足げにお腹をさする私がいた。

日奈久温泉
日奈久温泉
「道のえき みなまた」の牡蠣小屋
「道のえき みなまた」の牡蠣小屋
水俣の海で育った「恋路かき」
水俣の海で育った「恋路かき」

そして鹿児島の「くま」

 

 肥薩おれんじ鉄道、さらにJR九州の鹿児島本線を乗り継ぎ、旅の最終目的地、鹿児島中央に至った。鹿児島に「くまモン」はいない。ただし「白熊」がいる。

 「白熊」とは削りたての氷に練乳をかけ、フルーツや豆類を盛り付けたかき氷で、上から見た様子が白熊に似ていたことに由来。直径約15センチ、高さは17~18センチと圧倒的ボリューム感を誇る。もっとも、かき氷の柔らかな味わいと食感が魅惑的で、気づけば完食しているのが毎回の常だ。冬にこんなに大きな氷菓を食べるなんて……!背徳的な喜びもこみ上げてくる。本州より温暖な九州ならではの旅体験といえる。そして本物の熊が一切登場しないくせに、「くま」の2文字がやたら登場するのは、熊本、鹿児島旅の特色だ。

 肥薩おれんじ鉄道のラッピング列車は現在も3種類の車両が運行している。

運行ダイヤや区間はウェブサイトで公開されているので、乗車にあたっては事前チェックをお忘れなく!

 

(文・写真 蜂谷あす美)

くまモンラッピング列車(肥薩おれんじ鉄道)
くまモンラッピング列車(肥薩おれんじ鉄道)
肥薩おれんじ鉄道の車窓から見える八代海
肥薩おれんじ鉄道の車窓から見える八代海
鹿児島本線を乗り継ぎ、最終目的地「鹿児島中央駅」へ
鹿児島本線を乗り継ぎ、最終目的地「鹿児島中央駅」へ
鹿児島名物「白熊」
鹿児島名物「白熊」