蜂谷あす美
RAILROAD COLUM vol.03
旅の文筆家、蜂谷あす美が時刻表を携え、日本全国を鉄道でめぐる一人旅。
早春の紀勢本線を訪ねたときの思い出をお届けします。
どきっとした質問の答えは出たのでしょうか?
海の絶景が続く紀勢本線へ
「一人旅って寂しくないですか?」
この質問を初めて受けたとき、うろたえた。考えたことがなかったからだ。
2016年の3月下旬、私はやはり一人で紀勢本線に乗車していた。三重県亀山市から和歌山県和歌山市まで紀伊半島をめぐるように走る路線で、凪いだ海の景色が魅力だ。左側の窓には快晴の空と合わさった真っ青な景色が続いていた。今でこそ「仕事で使うかもしれない」と撮影しがちだが、当時は「この瞬間を私だけが見て、私だけが感じていればいい」と遅れてやってきた思春期みたいな思考のなかでうっとり過ごしていた。手元に写真がほとんど無いことの言い訳だ。
全長384キロに及ぶ紀勢本線を鈍行列車で一周しようとすると乗り継ぎがうまくいっても所要時間は9時間以上かかることから、途中の和歌山県新宮市に宿泊した。同市はどの交通手段を使っても東京からの「移動時間」で最も遠い場所として知られている。
夕飯は宿の方に教えてもらった居酒屋のカウンターへ。なお、まったくお酒は受け付けない体質である。紀伊勝浦のキハダマグロ、サメのヒモノ、郷土料理の茶粥など、ウーロン茶を交えながら地元の名物に舌鼓を打っていたところ、食べっぷりを気に入っていただけたのか大将とおかみさんから声をかけてもらい「お土産だ!」と特産品の三宝柑を頂戴した。さらに同じくカウンターに座っていた常連さんたちとも盛り上がり、うち一人から「明日の予定決めてないの?新宮案内するよ」と誘いを受けた。
成功も失敗も自分に返ってくるだけ
翌日は常連さんの車で熊野三山の一つである熊野速玉大社、それに飛地境内摂社である神倉神社など有名スポットを案内いただいた。このうち神倉神社はお参りにあたっては、自然石でできた急峻な石段を上らねばならず、短めのスカートをはいていた私は「これ、(中が)見えても大丈夫なやつですから!」とわけのわからないことを言いながら、そろりそろりと歩みを進め、己の尊厳と安全に細心の注意を払う必要に迫られた。
教訓として得られたのは、ぴらぴらの格好で出掛けてはいけないということだ。
突発的新宮ツアーは半日ほどで終わり、列車の時刻が近付いてきたころ、常連さんは「車内で食べて」と紙包みを手渡した。高菜の漬物でご飯をくるんだ郷土料理「めはりずし」だった。
さっぱりした塩味のおにぎりを頬張りながら列車に揺られ、紀伊勝浦駅で途中下車。温泉と漁港、そして「那智の滝」が有名な観光地だ。駅前には商店街が続く。土産物屋を覗けば、地元メーカーで製造・販売されている黒飴「那智黒」が展開されていた。
「それ372円だけど360円でいいよ」
店のおばちゃんが営業をかけてきた。
たぶん観光客にはいつも同じことを言っているのだろうけど、前夜から人の優しさに心打たれ続けたことで、ホイホイのっかり購入に至った。
列車までの時間は、駅前の喫茶店で「黒飴ソフトクリーム」なるものをいただきながら過ごした。折しも春の選抜甲子園の時期、しかも試合は、私の地元、福井と和歌山の高校だった。
「あ、負けてる」
つぶやきかけたところでやめた。お店の人も含めてこの街の人にとっては「勝ってる」状態だからだ。そうかこれが旅なんだとあらためて気づいた。
冒頭に戻る。一人旅が寂しいかどうか考えるより先に私は旅に出かけているのだと思う。紀勢本線の旅のように「行けば何かあるだろう、出会えるだろう」と期待しているところがあり、仮に成功しても失敗しても自分に返ってくる自由がある。なお、この旅は紀勢本線のゴール、和歌山市の夜へと続く。「これ!」という飲食店には出会えず、やむなくラーメン屋に入った。味は…一人旅なので失敗しても自分に返ってくるだけだ。
(文・写真 蜂谷あす美)