蜂谷あす美
RAILROAD COLUM vol.01
旅の文筆家、蜂谷あす美が時刻表を携え、日本全国を鉄道でめぐる一人旅。
初回は冬の大糸線を訪ねたときの思い出をお届けします。
不運な道中で遭遇した甘美で甘味な出来事とは。
新潟経由福井行きの帰省路
親の敵のごとく鉄道旅行を重ね、全国のJR線すべてに乗りつくした。最後に到達したのは、スキー場直結のガーラ湯沢駅で2015年1月のこと。記念写真を撮影したのち、復路の列車に乗り込んだ。
なお、スキーはしていない。
首都圏に住んでいると、さまざまな地域出身の方にお目にかかるが、過度な趣味活動のお陰で大概の人に対して「あなたの地元行ったことあります」と答えることができ、初対面時の好感度アップに役立っている(と信じてやまない)。
この手の話題で気を付けるべきは面積の大きい都道府県だ。たとえば北海道。
道内でも具体的にどのあたりかを尋ねないと、その先の会話が成立しない。
新潟県もその一つで、新潟市出身なら「みかづき好きです」と、長岡市出身なら「フレンド行ったことあります」と返す。
姑息である。ちなみに前者の場合は「駅、新しくなりましたよね!」と最新情報を付け加えるのも忘れない。
もっとも福井が地元の私にとって新潟県でなじみ深いのは糸魚川、そして直江津だ。
10年ほど前の福井駅では直江津行きの列車も見られた。また、現在の居住地である神奈川から福井まで、どちらかを経由する遠回りの行程で帰省することも少なくない。
運休でも諦めきれない温泉
2018年12月の帰省路は、新宿駅発の臨時夜行列車「ムーンライト信州」で終点の白馬駅へ、さらに北上して糸魚川に出たのち日本海に沿って南下する計画を立てた。
白馬駅には夜明け前に到着し、大糸線に乗り換えた。大糸線は長野県の松本駅と糸魚川駅を結ぶ路線で、長野県小谷村の南小谷駅より南側をJR東日本が、北側をJR西日本が管轄している。
したがって南小谷駅で乗り換えが求められるわけだが、果たしてたどり着いた同駅には無情なお知らせが掲出されていた。
「大雪のため、この先運休」 幸いにも糸魚川駅まで代行バス、タクシーが手配されていたことから難を回避し、旅は続けられた。
ただ、欲を言えば家々の軒に並ぶつららを列車の窓越しに眺めたかった。途中駅で下車し、立ち寄りたいところがあった。
2両編成の小さな列車でぼんやり過ごす予定は代行タクシーの運転士さんとのおしゃべりに変わり、やがて県境を越え糸魚川駅に到着した。
列車は動いてないけれど、立ち寄りスポットは譲れない。行きたかったのは糸魚川市内の無人駅、姫川駅近くに位置する日帰り温泉「ひすいの湯」だ。フォッサマグナから湧き出る温泉で、過去の旅で見つけて以来、大糸線に乗車する口実として利用している。
無人駅からボタ雪積もった道に靴を沈み込ませながら歩いて温泉を目指すのが鉄道旅行者の正しい姿だが、列車が動いていなければ、どうしようもない。そこで糸魚川駅から再びタクシーのお世話となり、雪にまみれることなく温泉に到着し、ざぶざぶと茶褐色でしょっぱい湯に浸かった。
「おはようございます」
湯船で声をかけてくれる方がいた。
きっと常連なのだろう、「どこから来たのか、どこへ行くのか」の話題で盛り上がった。裸の付き合いである。その後、大広間で休んでいると、遅れてこの方も来られ、持参のミカンやタッパー入りのリンゴを食べ始めた。私もちゃっかりおこぼれに預かり、ありがたくいただいた。
一人旅には予期せぬ出来事が付いて回る。大雪による運休もあれば、一期一会の出会いもある。後者は甘美な思い出となっていつまでも記憶に残り、私を次なる旅へとかきたてる。
糸魚川にはこの日以来行けていないので、そろそろ再訪したい。
できたら雪の無いうちに。
(文・写真 蜂谷あす美)