蜂谷あす美
RAILROAD COLUM vol.15
旅の文筆家、蜂谷あす美が時刻表を携え、日本全国を鉄道でめぐる一人旅。
今回は陸路を飛び出し、「長距離フェリー」の旅へ。
鉄道旅とはひと味違った楽しみ方をお届けします。
海に活路を見出す鉄ちゃん
かつて国内あちこちに夜行列車が走っていた。なかでも日本海側の代表選手といえば大阪~青森の寝台特急「日本海」や大阪~新潟の急行「きたぐに」などが挙げられる。
残念ながらこれらはすべて引退し、2025年現在、毎日運行している夜行列車は、寝台特急「サンライズ瀬戸」(東京~高松)、「サンライズ出雲」(東京~出雲市)のみとなっている。夜行列車の引退により、夜を跨いでの鉄道旅行は極めてしづらくなった。
そこで鉄ちゃん(わたし)が新たな活路を見出したのは、「長距離フェリー」である。
新日本海フェリーに乗りたかった
長らく乗りたいと思っている長距離フェリーに苫小牧(北海道)から秋田、新潟を経由して敦賀(福井県)まで至る新日本海フェリーがある。所要およそ31時間。2024年4月末~5月頭の大型連休に乗ることにした。ところが時すでに遅し。満席だった。
そこで次善の策としてギリギリ空席があった東京九州フェリーを選んだ。所要およそ21時間と、こちらもなかなか長時間。ただし航路は新門司港(福岡県)~横須賀港(神奈川県)で新日本海フェリーとはまったく異なる。要は、フェリーに乗れればなんでもよかったのだ。
4月30日23時55分、小雨降りしきる新門司港をフェリー「それいゆ」はゆっくり離岸していった。あてがわれた客室は3畳ほどの空間にベッドと小机の備え付けられた個室。窓はないけれど、かえって秘密基地のような安心感があった。
ちなみに最もリーズナブルなのは、仕切り代わりのロールカーテンが備わった1人用寝台。フェリーというと、カーペット席での「ごろ寝」をイメージされる方もおられるかもしれないが、2021年デビューの最新航路に、そうしたスペースは設けられていない。
フェリーの楽しみは食にあり
手元のスマホは陸を離れることで「圏外」になり、以降ほぼつながらなかった。強制的なデジタルデトックスだ。このような事情もあり、当初は退屈を予想していたものの存外に忙しい。
まず深夜1時まで営業のレストランで夜食をいただき、就寝。起床後は再びのレストランで朝食を平らげ展望大浴場へ。悪天候ではあったものの、浴場併設の露天風呂はなぜか解放されていたので入浴を試みる。結果、揺れる船体、強風、そして波のように寄せては返す湯船の3点セットで体が冷えた。
さらに船内イベント、大道芸を見学しているうちに昼がやってきた。
東京九州フェリーでは、ランチに「船上バーベキュー」が用意されている。ただし人気ゆえに食べられるかどうかは事前の抽選制。
運良く当選者一覧に名前が貼りだされた私は、青空の下で爽やかにバーべーキューを楽しむイメージ写真にいざなわれるようにしてウキウキと会場に向った。しかし折からの悪天候である。かろうじて雨をしのげる半屋外のスペースで、箸袋や伝票が風に飛ばされぬよう押さえつけながら、1人黙々と肉を焼く時間となり、冷えた体を温めるべく、再び大浴場に向かった。昼寝と読書を挟み、ぼんやり外を眺め、レストランで夕食を食べているうちに20時45分、横須賀港に着岸した。
なお、すべての食事をレストランで済ませる私はフェリー初心者。ツーリング旅にフェリーを利用しているバイク乗りたちは、持参のカップ麺を召し上がっていた。次回は真似しよう。
そして仕事の「休息時間」として乗船されているトラックドライバーの方々はシャンプーなどの入浴セットを「かご」で持ち運び、顔見知りの同業者たちと楽しそうに語らっていた。利用目的によって乗り方も異なる。
フェリーに乗ったと言うと「景色よかったでしょう!」と聞かれるが、最後まで、旅のお供は曇った海だった。次こそは青空の下、新日本海フェリーに乗りたいものである。
(文・写真 蜂谷あす美)
蜂谷あす美(はちやあすみ)
鉄道と旅を中心としたエッセイや紀行文などを執筆。
2015年1月にJR全線完乗。
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